「まぼろし博覧会」、ゲテと見るか、真面目に見るか。

熱海・伊豆が好きです。

 

伊豆というエリアは本当に面白いと思っていて、年に何度も訪れています。理由はいくつか。

 

理由その①:いやにストーリーを感じさせる街並

廃墟が多い。特に廃ホテルも多い。そのせいで、かつて新婚旅行といえば熱海といわれていた時代の香りを感じ、当時に思いを馳せざるを得なくなる。

 

その妄想をしていたら自然と何もかも忘れてぼーとしています。もしくはかつてなにがあったのかとかググってます。(ホテルの利権争いとか出てくるものもあります)

私はこれをデパート屋上ノスタルジーと呼んでいます。

 

理由その②:いやにニッチな博物館たちの乱立

博物館が多い。特にニッチなやつ。小さな建物がたくさん建つ別荘地としての相性なのかなんなのか、オートマタ博物館アンモナイト博物館万華鏡ミュージアムなどとにかくニッチな博物館だらけ。次回は象牙と石の彫刻博物館に行ってみたいです。

(このような私設博物館にグッときてしまう理由は

 

trsgakr.hatenablog.comの記事どおりです。)

 

理由その③:東京から普通に近いから

東京から普通に近いからです。

 

そんなわけでしょっちゅう訪れている伊豆なのですが、今回は初めて大注目の

まぼろし博覧会に行ってまいりました。

 
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▲もう怖い。

まぼろし博覧会とは:以下公式HPより。

ニューカルチャーの聖地「まぼろし博覧会」は、静岡県伊東市伊豆高原にあります。お子様からお年寄りまで、みんなが無邪気な笑顔になれる「能天気」で「キモ可愛い」夢のパラダイスで、日々進化増殖しています。(敷地面積は甲子園球場や東京ドームのグラウンドと同じほど)

 

マジで説明する気0すぎるのが特徴です。

まず上記を添削するとすると、以下の通りです。

ニューカルチャーの聖地「まぼろし博覧会」は、静岡県伊東市伊豆高原にあります。お子様からお年寄りまで子どもの発達過程に影響を及ぼさないかは若干心配です。みんなが無邪気な笑顔になれる「能天気」で「キモ可愛い」「エロ」「グロ」「シュール」「退廃」夢のパラダイス私は悪夢でよくあのような空間を見ますで、日々進化増殖しています。(敷地面積は甲子園球場や東京ドームのグラウンドと同じほど)

メインの展示はマネキンとモニュメント。それらはすべて、かつて存在した秘宝館や博物館、展覧会で実際に展示されていたもの。


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▲常に情報量は多め。

 

大量のそれらを、時代・テーマ・シチュエーションに合わせてあまりにカオスに飾り立てられています。

まぼろし博覧会については既に多くのメディアで取り上げられているので、そちらを参考にしていただいです。

 

ーというところまでが私の下調べの認識で、実際見に行ってもそれはそれで間違いなく、とにかくあまりのカオスっぷりに精神崩壊するだのなんだのとゲテモノ扱いされているのですが。


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▲とにかく視的情報量は多め。

 

私としては、そんなまぼろし博覧会のカオスっぷりに隠された「いちミュージアムとしての機能っぷり」に大変関心してしましました。

今回は、カオス珍スポットとしての紹介以外の目線でまぼろし博覧会の存在意義について考えてみました。

 

「昭和の道を通りぬけ」ゾーンにてー日本のカルチャーを『広告』から知る。

昭和三十年代の夏は本当に暑かったです。クーラーなんかなかったので扇風機だけで涼をとっていました。そんなことで、当館では昭和の三十年代当時を懐かしんでもらう体験ができます。戦前・戦後から1980年代頃まで、時代を象徴するモノを集めています。(公式HP より)

 このゾーンは、戦時中~昭和終了までの日本の時代を象徴する品を時代順に集めたショーケース展示が中心です。

あまり写真に紹介されることのないような気がしますが、私がじっくり見てしまったのはケース壁に一面張られた当時の広告・ポスター

 
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▲小さな指のわたしにだってスイッチが押せる!そんなテレビの誕生です

 

戦訓から、戦争が終わると、テレビやカメラといった電化製品が登場し、映画・アイドルなどの芸能関係ポスターが増えはじめ・・・

など広告により、市民目線で当時の暮らしの変化がわかるのです。

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君の名は。

 

しかも、当時の広告ってデザイン性あり、とにかくシンプルにかつセンスよく商品力を訴求しているものが多いので、そういうお仕事をされている方なんかに特に楽しんでいただけるのではないかなぁと思います。

 

こんなに広告張り紙が張り巡らされているところってほかにあるのかなぁ。単なる印刷だけに、アド・ミュージアムよりその数は多いと思います。

マネキンたちに目を奪われる(&漂う異様な雰囲気にその場をさっさと立ち去りたくなる)かとは思いますが、壁の広告ポスターにも注目してみてください!

 

「悪酔い横丁」ゾーンにて―村崎百郎記念館に突き付けられる『人間』。

村崎百郎氏を知っている人も、そうでない人も、村崎百郎館のコーナーには息の詰まるような閉塞感であったり、どう考えても気味が悪いとわかっているのに踏み込んでしまうような怖いものみたさみたいなものが刺激され、しばし足を留めてしまうと思います。

村崎百郎氏については、ここでは詳しい説明を省きますが、とにかく「ゴミ漁り」「電波系」など鬼畜ルポで名を馳せたライター。(2010年読者による刺殺で没)

部屋内にはそこらじゅうに女性下着や、カップルの置手紙、失恋した男の子の重い想いがつづられたノート、などとにかく他人の情念のこもった展示が無作為に展示されているのですが、それらは実は村崎氏の拾ってきたゴミ

 

このような自作の詩や家計簿、将来の夢、悩み、ラブレターの下書き、日記などが綴られた、捨てた人間の情念がこもったメモやノートは情念ノートと名付けられています。


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▲張り付けられているのは手紙やメモ、下着。

 

見ていると、文章とかは確かに「ヤバ」くて確かに「キモイ」のですが、なんというかそれって、誰しもが自分の中に確かにある本能にも近い人間らしさ(普段、理性や社会の中の自分に覆って隠している、むき出しの感情そのものみたいなもの)の存在を真っ向から突き付けられて、恥ずかしいような辛いような複雑な気分になります。

村崎氏は、自分の中にある「鬼畜」の部分と向き合い、自己正当化して正常を装うことを良しとしなかった人物だと知人から言われているようですが、まさに人間って多くの人が、とても自分以外には見せられないような部分を持っていて、それを同時に否定していて。そんな裏・自分を鏡で見せられるのは辛いですが、理解して向き合うべき部分もあるはずで…そんな哲学を考えされるような展示でした。だから展示に鏡がやたらあったのかなぁと今思っています。

 

ちなみに私は訪れるまで村崎氏について知らず、展示もそれが他人のゴミであるとまったく知らなかったので、いきなり情念部屋に放り込まれてしまうことになったのですが、

ここでは9割近いすべての展示に対して同じような放置状態なので、村崎氏についてがどうとかはその場ではもはや特に気になりません。

 

魔界神社 祭礼の夕べにて―歴史の教科書に書いてない、それも歴史。

みなさんは、衛生展覧会をご存知ですか?

 衛生展覧会とは、1887年(明治20年)の「衛生参考品展覧会」(東京・築地)を皮切りに、昭和40年頃まで、日本各地で開催された「衛生思想啓発」のための展覧会のことで、衛生博覧会ともいいました。

 伝染病や性病などの危険から体を守り、予防知識を普及させる——という立派な目的があったんですが、そこはそれ、イベントなんで、展示内容がどんどんえげつなくなっていきます。

 たとえば、「梅毒になった女性器」「強姦殺人の現場再現」みたいな感じで、公然と性器やら裸体が展示されていて、当たり前のことながら大人気となったわけです。
 面白いのは、こうした展覧会が学術目的・治安維持といった大義があるため、実は警察主催も多かったんですね〜。やっぱり性に関しては、どこか「抜け道」がないとマズイのかもしれませぬ。

 *1より

と、実際に日本でサーカスのように転々と行われていた博覧会(しかも警察主催などもあり)だそうですが、えげつなすぎてあまり記録されていないほどひどい内容だったそうです。今の秘宝館の先駆けみたいなものなんでしょうか…?

 

だったそうです、といいつつ、そんな衛生展覧会、見れます!まぼろし博覧会にて。

たぶん当時のものがそのまま持ってこられてると思われますが、秘宝館のようなギャグ感は少なく、どっちかというと医学よりな展示たちたち。

f:id:trsgakr:20170920011751j:plain(公式ブログより)

▲お見せできるような写真があまりありません。

 

人体の不思議展的な内容だけに特につっこみもしづらく、じゃあどういう思いで楽しめばいいのかというと、生物学はもちろん歴史的目線じゃないかと思います。

もちろん、衛生展覧会は、人々にある種の娯楽 として消費され ていたともいえる。

その過剰な衛生観念が、 どの程度人々に信憑性をもって迫ったかは分 からな い。しか し、衛生学や教育学の雑誌 で盛んに学者や現場の担 当者が議論を交わすのとは全く違 うレベルと具体性で、人々に衛生観念 を普及させる媒介となっていたとい うことはできよう。(http://publications.nichibun.ac.jp/region/d/NSH/series/niso/2005-03-31-2/s001/s039/pdf/article.pdf)

 メディアの力が弱い中、思い伝えようとした公衆衛生観念が次第にハードな内容になり、娯楽へと変わる・・・

いつの時代でもエンターテイメントは進化し退廃し得るんですね。明治時代で文献があまりないのだから、昔の時代も私たちの想像を超える娯楽が存在していたのかもしれません。まぼろし博覧会に行かなければこういうものがあったということは全く知りませんでした。どうやって得るんですかね?こういう知識。ちなみに荒俣先生が文献にしてます。一冊の本になるんだ・・・

www.amazon.co.jp

まぁまず間違いなく生きている中でまったく知らなくて影響はないことあっても、新たなことを知るのは楽しいものです。こんな知識増やしてないでExcelのショートカットキーに脳のメモリを使用しろという裏自分には気づかないフリをします。

 

ここまでいろいろご紹介するうち、もはや私たちがこの展示を正常な心でみる正当な理由を必死に後付けしたい感が出ていますが、本当に目線を一つ変えると、いろんな楽しみがありますよ!

 

このまぼろし博覧会。確かにカオスできもくて、ヤバいマネキンや人形の集合体なのですが、それってこの博覧会のために館長が作ったものでもなんでもなく、

どこかで何かしらの用途をもって使用・展示されていたもののはず。

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▲まじでどこ出身のモンや。

 

出所など全く不明ですが、いろんな経験を経て収まるところに収まれた玄人人形たちなのだと思うと化石を慈しむような気持ちになれます。

蝋人形などは制作・維持に費用がかかることが全国秘宝館閉館の一端を担ったとされていますが、色々調べていたところ

衛生博覧会の時代、展示された人形や模型は、多くが蝋でできていました。蝋人形を展示するということは、当然、作る業者もいるわけで、有名だったのが京都の島津源蔵という人物。彼は1891年(明治24年)に動植物の標本教材を作り始め、1909年(明治42年)、蝋による人体解剖模型の制作に成功したといいます。この会社が島津製作所、先日、社員がノーベル賞を受賞した会社ですね。

という、まさかの島津製作所の原点にも触れることができました。笑

 

館長の鵜野義嗣さん曰く、彼は全国の廃博物館などからこのような展示品を集め、総工費は一億円は下らず今でも倉庫を控室に展示品が眠っているとか・・

場所自体も元熱帯植物園を10年かけて交渉した場所だそうです。

また、当の館長の鵜野さん本人はなにか身になるミュージアムにしようという気は恐らく一切なく、単に来た人に楽しんでもらいたいという思い一つで開館しており、それであの展示の配置や内容はもはや鵜野さんの天性のセンスなのだと思われます。

 

無限大の楽しみ方がつまったまぼろし博覧会。楽しみ方がいろいろだからこそ、公式ではその説明を抽象的にしているのでしょう。

コスプレ歓迎、館内すべて写真自由となっているのでいろんな人の楽しみ方も知りたいです。

 

ちなみに写真については、あまりにすべてがフォトスポットすぎることと展示品のオーラに圧倒され疲れ果てることから写真を撮るのをやめてしまうのですが、

逆にあの空間を活かして良写真を撮った方はトップオブインスタグラマーとして弟子入りさせていただきたく思っております。


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▲どれほど頑張ってもイイ写にならんのじゃ・・・

 

どんなに摩訶不思議な、恐ろしい、エロい、グロい展示品だったとしても、それはすべて日本人が実際に作り出してきたカルチャー。

清く正しい日本の文化も、隠しておきたい本能の文化も、すべてひっくるめて一同にこれが日本の文化です!と叫んでる姿勢がかっこいい!と思わされる場所でした。

 

一緒に行く人は間違いなく選ぶと思われますし、付き合いたてでお互いの人となりを知らないカップルには特にオススメしませんが、私は私以上に眼を輝かせながら文化としてのまぼろし博覧会を解説してくれる人と行きたいです。

ミュージアム、その展示品の詳しい設定を知ると愉しみは倍増です!それこそ人形たちの前職とか。知りたい。

 

もう館長しかいないのかな…

 

ちなみに、館長は彼です。

 
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今日見る夢もきっとまぼろし博覧会のよう。

 

次回はMOA美術館を紹介したいです。

 

護国寺自宅にて